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古代都市ツボクラ

よく食べ よく眠り よく考える,難ある男二人の備忘録

思考停止の快楽

こんばんは,たけもりです.
今日も今日とて儚い世の中ですね.
 
ブログに何書こうかなぁと考えてると,最近あまり考えてないことに気が付きました.実は僕が考え事をするのが好きだと思っていたのは昔の話だったのかもしれません.なぜそうなったのか?
 
最近妙に生活が慌ただしく,目の前のことをこなすので精いっぱいなところがあります.何かしてるか,疲れてぼーっとしてるか,寝てるか.家で晩御飯を食べる時も録画したテレビ番組を見てるし,現代っ子なので最近はお風呂にスマホを持ち込んでいます.隙間の時間もテレビやPC,スマホからの入力で心奪われているので,考え事に脳を使わない生活.
そのスマホだってSNSSNSで流れてくる自分で選んだわけではない記事を読み,YouTubeを見たってオススメされる関連動画を渡り歩いているだけだったり.娯楽も自分の嗜好で享受しているわけではないわけです.
最近はそんな感じな上に,明らかに人の話を聞けなくなってきたりしていて,思考停止している時間が増えています.
それでも僕は生きている.
 
そう考えてると,研究室に行って研究する,というのも,研究室に行ったら研究するものだから研究している気もします.同期に声をかけられたから食堂に行き,食堂に行ったからご飯を買って,目の前にご飯があるからそれを食べる.これらの日常の行動もすべて思考停止したまま行うことができると思いますし,そうなっているときもあると思います.
日々のたわいのない会話なんて何も考えなくてもできますしね.
それでも僕は生きている.
 
googleマップの経路案内やカーナビにただ従って目的地へと向かう間,僕は自動化されます.プログラムを書く人はわかると思いますが,システムは「関数」の集まりです.入力があって,処理があって,出力があるのが関数だとすると,
1. googleマップに目的地を入力し,
2. マップの指示に従って移動するという処理を行い,
3. 目的地に到着するという結果が得られる.
僕は関数の一部となる.電車の乗換案内でも,何番線から乗るかまで指示されるので,目的地を知らなくても数字さえ追っていれば正しい電車に乗り込めます.目的地を入力した瞬間から僕は関数の一部となってブラックボックスに組み込まれ,思考停止したまま目的を達成することができるわけです.
それでも僕は生きている.
 
僕は自分の人生,そしてその中に現れる選択肢を
・自覚すること
・選択すること
が重要であるという考えを持っていました.今もそれらは自由に生きる上で重要であると思っています.しかしながら,最近は思考停止したまま生活することに快感を覚える自分もいます.海の中に小舟を浮かべて,そこに寝ころびながらぷかぷかしてるような心地よさがあります.この世の大きな流れに身を任せておけば,なるようになるし,なるようになればそれでいいです.
そこでたまに本気を出す!
どうでもよくないこと以外はどうでもいい.どうでもよくないところで本気を出す.これは「おれはまだ本気出してないだけだから」という安心感もあっていいです.長いものに巻かれるのは楽です.楽なのは楽だからいいです.
無駄な思考は捨てて世界のシステムに組み込まれ,自分を極力自動化し,有意義なところに自分を使ってこうと思います.