古代都市ツボクラ

よく食べ よく眠り よく考える,難ある男二人の備忘録

走る

どうも、たけもりです。

この世に仕方なくないことなんてあるのでしょうか。

 

最近、平均して2.5日に1回くらいのペースで走ってます。長く続かない気もするので調子がいい今のうちに「なぜ走るのか」「どう走るのか」について書きます。

 

僕は高校の時に陸上競技部で短距離をやってました。走るのが好きか嫌いかでいうとまあまあ好きくらいで、陸上競技をしてたというよりは部活をしていて、速く走ろうとしてたというよりは一生懸命走ろうとしてました。今も同じような感じで、達成感を得たくて走ってます。その日1日捗らなくても、とりあえず走って疲れれば達成感が得られるし何か成し遂げた気になれますから。

 

僕が磨くべき武器は走力ではないので、走るためには様々な言い訳が必要です。健康のためとかなんとか間接的な理由はいくらでも挙げられますが、最も磨くべき別の能力のための直接的な取り組みの時間を削っていい理由にはならないと思っています。が、もう走りたいんだから走らせてくれよと思って走ってみると、やはり良い。肉体がなんとなく引き締まると精神的にも引き締まるし、猫背も少し伸びる気がします。翌日にも少し残る疲労とか、洗濯された練習着とか、日々の中に連続的な何かがあるのは精神にいいです。このブログもそうですね。

 

内容としては約4kmのジョグと、180mくらいの坂ダッシュ3本。それぞれに変なこだわりがあります。

 

まずは4kmのジョグ。キャンパスをぐるっと2周するようなコースです。疲れたいけど長い距離はしんどいしそこまで時間かけるのもな、という4km。夜中なので誰もいませんが、キャンパスを走るのでもしかしたら知り合いに見られるかもしれないというワクワクのおかげで走る気になれます。誰もいないならいないで特別なことをしてる感じが気持ちいいです。

コツは最短経路を走ることを推奨すること。例えば本来直角に曲がるべきところを斜めに行くようなショートカットは許されています。それを許さないとちょっと気が緩んでショートカットしてしまった時に罪悪感が伴うわけで、達成感のためのトレーニングにそんなリスクは要らないので最初から許しておきます。またペースを上げることを要求してしまうと上げられない言い訳を考えながら走ることになるので遅くていいことにしています。走り切れさえすればいい。

 

さて、走る目的にはもう一つ大きな要素があります。それは「全力疾走できる人でありたい」というものです。運動しなくなって、ある時ふと「今全力で走ろうとしたらどっかちぎれるな」と思って寂しくなりました。また、高校時代に大会の決勝とか見てると、強い人って400m走の最後150mで1段ギアが上がって、残り80mでさらにもう1段上がってるように見えるんです。なんなんだあれは。僕はそんな風にリミッターを外せなかったなという未練と憧れみたいなのがまだあります。そこで坂ダッシュです。

3本というのは程よいです。1本目は元気なのでいけます。2本目の後半できつくなってきますが、もう走り始めてるのでなんとかなります。3本目はもう嫌になってるんですが、ラスト1本と思えばなんとかやれます。これが2本だとちょっと物足りないし、4本だと3本目できっと手を抜いてしまいます。精神力をあまり使わず且つ後悔せずにやり切れるのが3本です。

走ってる最中は様々な雑念をかき消そうとしながら「回せ回せ回せ回せ」と僕の中の武井壮と松岡修造が叫びます。僕はとにかく脚を回します。「一生懸命に」ではなく「速く」。とにかく今度こそギアを一番上にすることを目指します。

さらに、一つ重要なルールがあります。後半が坂になってる直線180mほどを走って、帰りは歩くんですが、歩いてスタート地点に着いたら即スタートすることです。「ためらわないこと」が重要だとしています。リミッターを外す上で最も邪魔なのが「ためらい」だからです。スタート地点に戻ってから「質を考えるともう少し休んだ方がいい」とかなんとか言い訳して休み始めるとそいつはもうダメです。とにかくためらわないこと。ひと息もつかないこと。即、走ること。これがこのメニューの肝です。知らんけど。

 

終わったらシャワーを浴びて、ほんの軽くストレッチ。ここでちゃんとあるべきストレッチをしようとするのは危険です。体にとってはやった方がいいんでしょうけど、ストレッチって伸ばす具合とか時間とか、妥協できるポイントが多すぎて、とてもそれを自分に課す気になれません。つい妥協しまくって嫌な気持ちになりたくない。

 

以上、こんな感じで終わりです。

 

僕はみんなで仲良く走るサークルに入っていて、そこの人たちはフルマラソンとか100kmマラソンとかけっこー出るんですけど、僕は出ません。きれいめの公式見解としては「怪我したくないから」「練習にそこまで時間を使うわけにはいかないから」ということにしてるんですが、ほんとは「マラソン完走すれば何か得られるんじゃないか」と期待してる自分がダサく見えてしまう不純な自意識が妨げています。ほんとは一回くらい出てみたいんですけど、「おれは走るためにだけ走る!」みたいな、「練習が常に本番!」みたいな、そういうことにしておきたいんです。

 

まぁ、単なる趣味のジョギング、それもたいした量でもたいした頻度でもないものなんですけど、僕はそれがあたかも信仰に基づいた高尚な修行であるかのような心持ちで臨んでいます。自分なりのテーマを持ってることでその辺のジョギングとは格が違うものだと主張しようとしてるんです。

走っている自分はかわいい。誰もいない夜のキャンパスで黙々と走ってる自分はとてもかわいい。僕はずっとそうでした。高校時代、家で自主練してて、そのことをチームメイトに話せば刺激になったかもしれないし、一緒にやろっていうのが高めあう関係だったのかもしれない。練習量やメニューを先生に相談すればより良いトレーニングができたかもしれない。でも僕は1人でやって外向きにははっきり言わず、そんな雰囲気だけ醸しだそうとしてました。文化祭前とかで全然人が来なくて最初1人で部活してたとき、誰かが遅れて来ると嬉しいはずなのに、僕はほんとは誰にも来てほしくなかった。そういう時に1人で頑張ってる自分がかわいくてしかたなかったんです。そういう、自分の嫌なナルシズムを、今何を考えて走ってるかをこのブログで公表することで少し脱却できればな、という、また別のナルシズムでした。

 

「続かなくてもいい」ということにしとかないと続かなかった時に嫌な気持ちになるので「続かなくてもいい」ということにしていますが、せっかくなので続けられたらいいなと思ってます。走ってる自分に対する様々な自意識を忘れられた時に、本当に全力疾走できたりするんでしょうかね。