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古代都市ツボクラ

よく食べ よく眠り よく考える,難ある男二人の備忘録

現実拡張作戦

どうも,たけもりです.

好きな人がいる人が好きな人と会えない時って胸が苦しくなるてきなきゅんきゅんがあると思うんですが,僕も好きな人がいないことで好きな人に会えないので同じようにどこかの誰かに胸がきゅんきゅんしています.

 

前回わりと暗めの記事を書いたように,この週末はわりと暗く過ごしました.前の金曜日に久しぶりに愛するサークル活動に参加してきた反動です.いつのまにか楽しいことには反動が伴うようになりました.

調子がいいときは思想力でなんとでもなるのですが,そうでもないときは思想力より感情や環境の力が強いので負けます.それは暗い気分を楽しんでるとも言えるのですが,少なくとも集中力が死んで生産性の面で損してるので,根性論ではなくちゃんと作戦を立てて何とかしようと考えました.

 

憂鬱の原因の一つは,今の生活圏が狭すぎることと,僕が自分をそこに縛ろうとしていることです.どうやら僕は日常の生活圏とその外とを明確に区別し,「日常」と「非日常」,さらには「現実」と「非現実」とでも分けて処理してるっぽいんです.

まずは現実.昨年度からキャンパスが山奥の寂しいところ(最寄のコンビニまで片道徒歩20分)に変わり(僕はあと5年ここにいなければならない),生活圏がめちゃめちゃ縮小しました.家と学校の間には信号すらなく,一つの山の側面で生活が完結しています.研究室に行っても特に出来事はなく,登場人物も少ない(そして男の人しかいない).

そんな現実と比べて,例えば僕が愛するサークルの活動(河川敷をみんなでほのぼの走る)に参加するときは,なんせまず電車に乗って出かけるので物理的な日常の生活圏から脱します.そして愛する友達と楽しく走って,一緒に晩御飯とか食べちゃうわけです.非現実的にものすごく楽しい.

 

僕は自分を研究室に縛ろうとしてきたので,今の環境になってから遊びもサークルもめちゃめちゃ蔑ろにしてました.そのせいで,そういう楽しいことが全て「非現実」のものになってしまったっぽいんです.そしてそれらの楽しさは「非現実」のものであるが故に「現実」には持って帰れません.「非現実」で楽しい思いをしたところで「現実」は楽しくならないんです.

 

ということで,「現実の範囲を広げる」という作戦を取ることにします.

例えば同じ頻度でサークルに参加するにしても,「基本的に不参加,ごくたまに顔を出す」のではなく,「基本的に参加,いろいろあるので仕方なく欠席している」という認識に改めることにします.これでサークル参加が基本事項となり現実に迎え入れられました.これだけでだいぶ精神が穏やかになったので,あとは下らないこだわりを捨ててほんとにちょいちょいサークルに参加すれば安定する気がします.あとちゃんと自分から友達誘って遊んでもらおうと思います(誘われたという免罪符がないと遊びにくい).

 

長々と書いたけれど,結局「久しぶりにサークル行ったら楽しかったのでこれからはもっと行こうと思います.」というだけのことでした.どんなに孤高を気取ろうと,寂しさには勝てないとです.

 

エリート意識なんて捨てちまえ

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