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古代都市ツボクラ

よく食べ よく眠り よく考える,難ある男二人の備忘録

マスメディア批判批判

どうも,たけもりです.

よく芸能人が「お騒がせして申し訳ありませんでした」って謝ってますが「いえいえとんでもないこちらこそ退屈な日々の中で誰かの何かが暴露,追求,批判されてるのを見ることで何かを満たそうとしてしまう我々庶民のお騒ぐネタになっていただいて本当にありがとうございました!」って感じですよね.

 

マスメディアの目的はお金を稼ぐことだと思っています.

事実を報道することでも悪を暴くことでもなく,商売であるからにはお金を稼ぐことが目的です.「メディアが事実を報道していない」と批判する人はまずメディアが事実を報道するもんだという勘違いがあると思います.そして「事実を報道」なんてことが実現可能だという勘違いがあると思います.僕は普遍的事実を見たことも話せたこともありません.

 

マスメディアの報道内容に対する批判もよく見ますが,それってほんとにメディアに原因があるんですかね?

多くのメディアは商品を売ることや広告掲載料で儲けてるので,より多くの人に見てもらうことで収益を得ます.なので当然より多くの人間に関心を持たれるよう世間のニーズをしっかり調査・把握していることと思います.ということは,マスメディアが報じる内容は,我々世間が望む内容だと思うんです.鏡なんです.メディアが世間を煽っているというよりも,世間がメディアを煽ってるんじゃないですか?

メディアを批判する人々の中には批判したいがためにわざわざ記事を見て引用して拡散してる人もいます.閲覧数という指標で見れば批判も賞賛も変わらないじゃないですか.好きの反対は無関心なんです.関心を持った時点でそれは収益になるんです.批判は批判ではなく,無関心だけが対抗手段なんです.

 

もちろん,だめなものはだめで,それを野放しにしていいとは思いません.しかし批判することでそのメディアを煽っておきながら「批判している自分は庶民とは違う」というのもなんだか違和感があるもので.そしてニーズを映す鏡であるメディアを批判するということは世間的には少数派であるわけで,そんな自分の正義を疑いはしないのだろうか.みんなが望むネタを提供してくれるエンターテイナーなメディアは本当に悪なのか.

僕はモラルを信用していないのでモラルを要求はしません.大きなものを動かすには罰則,減税,補助金などで物質的な損得に作用しないとだめだと思っています.メディアの質を高めたければ質を高くしないと儲からないようなニーズを大多数が持つしか無いですし,僕は他人に期待しないことにしてるのでそんなことに期待しません.あきらめ.

そもそも,「メディアの質が高い」ってどういうことなんでしょう?この政治や誰かの人生がエンターテイメントとして消費されていくメディアの中のパラレルワールドで,少数を生贄にして多数が退屈を満たすのがより多くを幸福にする一つの有効な手段と言えなくもないわけです.そういう方針で質を高めるのもまた質の高さ.くそですけどね.人ってそんなもんでしょう.あきらめ.

 

批判内容に対して物申したいわけではありません.むしろ同意するものも多いです.ただ僕はメディアを妄信する世間を盲目的に批判するようなこたぁしたくないんです.根本的に,批判って関心持っちゃってるんでナンセンスなんです.この「メディア批判批判」もまたナンセンスなんです.ナンセンスなんですってなんだか語呂がいいんです.

 

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